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夏の終わり

「海の家たたむ時がさぁ、あたしは一年でいちばん嫌い。」春子が言った。
学校が始まり、夏だけの客が遠のき、海の家をたたみ・・・夏の終わりが近づくにしたがって、「夏だけの時間」の中に、日常の時間が入り込みはじめる。

海都と広海が、夏の後片付けをしている。
賑わっていた海辺にも、もう人影はない。取り外された小旗のガーランドが、スローモーションで砂の上に落ちる。 波打ち際には、くたびれたビーチボールが忘れられている。

そろそろ、この先のことを考えなければならない。

「夏の終わりって、いつなんだろうな・・」と、いつか海都が言ったことがある。
夏が終われば、ここでの時間も終わりになることを予感しながら、二人は夜の海を眺めながら語りあう。
心惹かれる出会いがあった。ほんとうの自分の生き方を見つめる、贅沢な夏だった。

「自分で決めればいいんじゃないかな。自分で夏が終わったって思ったら、そのときが終わりなんじゃないかな。」
後に、「こんなに長いことひとつところにいたいと思ったのは初めてだ」と言った広海には、夏の終わりを受け入れがたい思いもあっただろう。
否応なしに彼に、「夏は、終わったね」と言わせる出来事が起こるまでは。
「俺は、自分で夏が終わったと思うまで、ここにいるよ。」
「俺は、〈夏の終わり〉ってタイトルの作文、まだ1行も書いてないからな。」


冬の終わりは春の喜びにかき消される。春の終わりなど、気に留めないうちに夏になっている。秋の終わりは、迫ってくる冬への思いが強い。
夏の終わりだけが、なぜこんなにいとおしいのだろう。
『夏には夏だけの時間の進み方がある・・』

夏休みの最後の一日、たどり着けなかったディズニーランド。みんなで汗だくになって車を押しながら、 行ってしまう夏を、必死で繋ぎ止める思いで全身で感じていた。
「こういうのも、いい夏の思い出になるんじゃないの」海都が言う。
「暑いねー、まだ、夏は終わらないよねー」
不安を振り払うように、真琴が言う。
後で思い出すと、あの一夏のどの場面も、まるで自分もいっしょにその場にいたかのように思える夏の終わりだった。

* * * * *

俺たちってさ、もしかしたら俺たちって、すっごい贅沢な時間を過ごしてるんだろうな、今