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別れ

物語の中には、幾つかの別れがあった。
二度と会えない別れ、またいつか会えるかも知れない別れ・・。

5年も待ってようやく会えた春樹と、たった1日だけ共に過ごした春子が、フェリーに向かって懸命に手を振る。
「バイバイ、バイバーイ!!」最後はもうこれだけしか言えない。
展望台の上までいっしょに行こうとした広海を、海都が止めた。ここから先は、春子ひとりのもの、誰も共有することのできない時間を、二人は見守る。
誰にもどうすることも出来ない現実と春子の思い・・すべてを、黙って受けとめる海都の目がある。


「全うしてくださいよ!たとえそれがどんな結果になっても」と、いつか海都は言った。 突然の別れとしてやってきた、こんな結果は予想していなかったはずだ。

黙ったままの海都と春子の前で、ことさらに明るくふるまったあと、「俺、魚釣ってくるわ」広海はそう言って外へ出ていった。釣り道具を横に置いたまま、広海はひとり海を見ていた。
その後ろ姿を、海都が見つめる。もうわかっている、広海はいつもこんなふうなのだ。
振り返って、主を失ったダイヤモンドヘッドの看板を仰ぎ、暫くのあいだ見つめる海都の周りに、言葉にならない思いが漂う。

夜、ガレージにいる広海のところへ、海都が 酒とグラスを持って行った。
「寂しいな、俺にも見せられないんだ、落ちこんでる顔。」

おチャラケキャラが身に付いている広海は、なかなか本心を見せない。初めの頃は、海都のストレートな アプローチにも、茶化しやはぐらかしで切り返し、海都を苛立たせた。
夏を通して、素直には見せない広海の本心が、海都には少しずつ見えるようになっていた。

「でもさ、社長らしい最期だよな、自分の海で死んだんだから・・・」
「うん・・」
「俺はさ、夢から覚めたような気分だよ。なんていうの、長ーい夢からさ。」

長い夢のようだった夏が終わる。終われないでいるのは広海だった。
年上の海都は、このときの広海の胸の内を感じ取っている。それを包み込むように話す声には、広海が一歩踏み出すのを促すように、大きく温かいものがあり、それは彼自身の成長の果実でもあった。

「・・・だから俺たちもさ、社長に、答えなきゃいけないと思わない?自分の海、探さないといけないんじゃないかな、 自分の海をさ。」

勝の死によって、それぞれの道が示されていく。ダイヤモンドヘッドは春子が引き継ぐことになった。春樹が、いつかここへ来るかもしれないから・・。

「海都さんはもう決めてるんだね。」
「うん。」
「待ってるんだ、広海くんを。」

あとは広海を見とどければ、海都の夏休みも終わる。

* * * * *


ほんっとに、自分の海にしちゃったんだもんな