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海都には、桜がいた。

広海は時計を海に投げ捨て、海都は桜に預けて、ダイヤモンドヘッドにやって来た。 時計が通常の人生の時間を象徴するなら、海都のそれは、まだ桜のもとに残っていた。
社長亡き後、迷う広海に対し、海都が早々に決断できたのも、彼に帰る場所があったからかもしれない。 最後の夜、広海は真琴に「出ていく」と告げ、海都は桜に「帰る」と言っているように。

「あのさ、どうして反対しなかったの?桜は」
「反対したら、やめてた?」

桜に電話している時、しだいにうっすらと汗が浮かび、微かに紅潮していく海都の表情には、このときの微妙に揺らぐ胸の内がにじみ出ているようだ。

「俺は・・間違ってるのかな・・・」
「間違ってないって言ってほしい?」

言ってほしかったのかもしれない、桜にだけは、間違っていない、と。けれど桜はきっぱりと言う。

「間違ってるよ。誰がどう見たって、間違ってる・・・」

桜の心中が穏やかだったはずはない。大崎部長までもが桜のことを案じていたように、もしかしたら、その辛さが傍目にもわかるほどだったのだろう。同僚の女性たちは、「桜がかわいそう」「周りからもいろいろ言われてるし・・」と、海都に訴える。けれど桜は、「寂しい」とか「私のことも考えて」などとは一言も言わない。社長は「できた女」だと言う。けれどけっして、古風で従順な女のたぐいではなさそうだ。
彼女もまた毎瞬間、自分自身の選択をしているのだろう。桜のほうがすこしお姉さんのようにも見える。

海都が会社を去った後、桜は海の見える部屋に移り住んだという。
「海都の見てる海と、つながってるんだよね。」
考えようによっては、彼を奪ったとも見える海を、彼女は、二人をつなぐ海、と考えた。
空もまたつながっている。海都が打ち上げた、見えるはずのない花火・・・。

「決めたんだったら、がんばって。あたしなら、平気だから。」

海都が南の島へ、再び旅立った後も、桜はひとりでダイヤモンドヘッドにやってきてクリスマスを楽しんでいる。
桜には、海都の「自分の海探し」の意味がわかっていたのだろうか。彼にそれが必要なことを。

ラブストーリーらしい話のほとんどないBBのなかで、このカップルは安定した恋人たちとして描かれ、 サイドストーリーを構成するほどの出来事も起きないけれど、表面的な出来事とは別のところで、豊かで 安らかな絆のようなものを感じさせてくれる。

* * * * *
  

「間違ってる・・・でも、やってみたかったんでしょ。」