夏の時間 |
海都と広海がダイヤモンドヘッドで過ごした時間は、実際にはわずか3ヶ月にも満たない。 人生の中では、短すぎるくらいの時間だった。 時計を手放して海に向かったとき、彼らは別の時間の流れの中に入っていった。 物語の中では、何度も時計がクローズアップされている。 時計を海に投げ捨ててダイヤモンドヘッドに向かった広海。「なんで、時計してないの?」と尋ねる海都。 その海都は、旅立つ前に時計を桜に預けた。桜とともに、時計は彼のもとに戻ってくる。会社に呼び戻されている間、時計は彼の腕にある。 会社を辞めてダイヤモンドヘッドに戻ってきた海都は、時計をはずしてカバンに入れた・・。 ガス欠になった車を押しながら、広海が訊いた。 「どう?時計のない生活に慣れた?」 「時計のことなんか忘れてたよ・・」 時計で計れる無機質な時間ではなく、生命が自らの内から紡ぎだしていくような時間。朝と夜が巡り、潮が満ちては引き、季節が巡り、命あるものが育っていく・・・ほんとうは、それが本来の時間なのかもしれない。 けれど現代社会の中では、そこに長く留まることは難しいようだ。そこに来て元気になり、また通常の時間の中に戻るための時間。 海都と広海にとっては、この夏は特別だった。 「民宿に来るお客は、帰るために来るんだ。」 これは、ガラス壜に入った手紙が往復する間の(海流のことはこの際深く考えないことにして)特別な時間の中の物語。 特別な時間だからこそ、それは過ぎ去らず、色褪せることなく、今なお夏の輝きを封じ込めたままそこにある。 * * * * * ・・・だって、夏には夏だけの時間の進み方があるような気がするから・・・ |